真田幸村くんの日記:第40回 土佐国の姫


真田幸村

11月12日

今日私は、盛親先生(長宗我部盛親)と大坂城の庭でお昼を食べた。先生はふと、「それにしても山内家って潰れないな。」と言って箸を休めた。

「関ヶ原合戦の前、先生が治めていた土佐国(とさのくに)を、今現在、治めている山内家のことですか。」と私も箸を休めた。「そうだ。土佐国は長宗我部の地。よそ者の山内一豊なんかに土佐国が治められるわけがない、山内家も他の豊臣恩顧の大名と同じ様に、徳川によって改易になるのも時間の問題と思っていた。

「しかし思いの外、山内家は完全アウェイの地で想像以上の粘りを見せている。何故でしょうか。」「多分、この女のせいだろう。」と先生は懐から一枚の紙を取り出した。

「これはまた、可憐な花々が散りばめられた美しい紙ですね。」「一豊の正室、山内千代が作った千代紙というらしい。」「千代さんは一豊殿を陰で支えながら、というか操りながら、裏でこんな繊細で温かい物を作るとは。わからない人だ。」

一つ言えることは、俺は城下でこの一枚の紙を見た時、この女に負けたって思った。大坂城で適当に仕事をこなしているだけの今の俺は、この女の情熱とか真っ直ぐさとか愚直さに負けていると思ったんだ。

「それでは先生のライバルは山内千代ですね。」「やめてくれよ、俺のライバルは女かよ。」「噂によると千代さんって実は結構、かわいいらしいですよ。」「嘘だろ。

先生と私は笑った。けれど、こいつはタダもんじゃないって人を、それが例え女の人だったとしても見つけた先生は、いつもより顔が生き生きしているように見えた。

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