淀殿の日記:第17回 ビスケット


淀殿 2月1日

遠くから、大野治長の顔を見る。声を聴く。

大野治長の匂いや体温を感じることはない。だから時々わらわは無性に、五感の全てで大野治長を感じてみたくなる。

そんなことを考えながら大坂城の廊下を歩いていたら、前方から北政所と、その友達のまつ殿がやって来た。

淀殿、まつ殿がバスケットを加賀から持って来てくだされた。わらわの部屋で、一緒に食べぬか。」と北政所がわらわに声をかけた。

北政所様、バスケットではなく、ビスケットです。」とまつ殿がまともにツッこんだ。「そうであった。オヤジギャグのようなことを申してしもうた。」「オヤジギャグでも、今時そんなつまらないこと言いませんよ。

ダハハハハハッ!!!

彼女らは、大坂城の隅々まで響き渡るような大きな声で、大笑いし始めた。わらわはこのオバサン達にゲンナリしながらも、せっかくなのでビスケットを一緒にいただくことにした。

遠くから、大野治長の顔を見ているだけ。声を聴いているだけ。

視覚と聴覚だけを使ってばかりいると、気のせいかもしれぬが、自分の触角と臭覚が衰えてしまうような気がする。ヒトに生まれて、ヒトの、好きなヒトのぬくもりを、体温を、匂いを知らずに死んでいくのだろうか。だから時々、無性に、五感の全てで大野治長を感じてみたくなる。

珍しく大坂城にも、静かに降りつもる雪。北政所様が立ててくれたお茶が温かった。そしてまつ殿が持ってきてくれたバスケット、もといビスケットで、で自分の味覚を埋めるのもわるくないだろう。

大野治長のくちびるを奪うその日まで、この甘い異国の菓子で自分の味覚を埋めても、今はまだ、神も仏も許してくれるだろう。

ビスケット

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