藤堂高虎くんの日記:第13回 孤独

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藤堂高虎戦国29年8月11日

生きて日本に帰って来れるとは思わなかった。

朝鮮から帰国後、私は真っ先に、京の大徳寺に眠る元主君・豊臣秀長さまの墓所に向かった。

私の死をきっかけに限界状況を経験せよ。

私は所詮、太閤の弟。それ以上でもそれ以下でもない。志の大きい人間には、限界状況の中でしか出逢えない。私以上の人間がきっとそなたを待っている…

秀長さまが私に語った言葉が頭によみがえった。炎天下、私は墓石に手を合わせた。

秀長さま以上の人間なんているわけない。そのころ、肥前名護屋では日明和議交渉が行われていた。

私は、戦争が再開されれば左水使(サスサ・李舜臣のこと)に再会できる、という尋常ではないことを考えてみる。

私は死にたいのだろうか。

再び戦争がしたいだなんて、権力者が言う分には誰も(この国の人たちは特に)文句は言わないけれど、私なんかが言ったら、こいつ頭がおかしいんじゃないかとか、倫理的に間違っているとか、人として許されないとか、皆の哲学的感性を逆なでするだろう。

豊臣秀長

「相変わらずだな、高虎」豊臣秀長

日本中の誰もが敵と見なしている左水使を、私一人必要としているだなんて、どうかしている。私こそ日本中のみなを敵に回している。

嗚呼もう、忘れよう左水使のことは。

だいたい左水使のどこかいいんだよ。左水使のお陰で、私は大事な臣下や艦隊を多く失っているんだ。嫌う理由はあっても好きになる理由が見当たらない。

秀長さま、私は間違っているでしょうか。

だけど矛盾こそが私らしさだとしたら?

秀長さまを失う以上の孤独があるなんて思わなかった。

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